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(第21回) 一度もミーティングに出席しないまま夏休みは終わった。オレはマユミと顔を合わせた時の気まずさをどうした物かと考えながら登校したが、杞憂だった。彼女はオレの視線を避けて一言も口を利かなかった。オレは半面失望し、半面ではほっとした思いで教室に入った。 「久し振りに君達の元気な顔を見て大変嬉しく思います・・」 担任は相変わらず下らない事を喋っている。オレはつまらなくなって、ぼんやり外を眺めていた。今日から又学校か。昨日まであんなに明るかった青空が、新学期を向かえて急にくすんだような色に見える。入道雲の向こうにヘリコプターが飛んで行った。 「所で、君達この夏休みで一番思い出になる事は何でしたか。」 担任の言葉はお経みたいに聞こえる。 「じゃあ1人づつ聞かして貰おうか。康雄くん、君から。」 康雄の席は担任の正面だ。そうなるとオレはまだまだ先だ。 「僕は伊良子岬のおばさんの家に遊びに行って漁船に乗せて貰ってホエールウオッチングしました。」 「それは滅多に出来ない体験でしたね。波は怖くなかったですか。」 「いいえ、素晴らしかったです。すっごく揺れて、水平線が上ったり下がったり、舳先にいるとしぶきが頭に降って来るんです。」 「クジラは見えた?」 「はい。凄かったです。三十メートルくらい先で一頭が波打ちして跳び上がったんです。乗ってた船よりも高く。下りて来た時、胸鰭で打った水しぶきが船の上まで飛んできました。」 聞く方も聞く方だし、答える方も答える方だ。オレは馬鹿らしくなってウトウトし始めた。 「じゃあ次、さやかさん。」 「私は家族でハワイへ行きました。」 なに、ハワイ?ハワイだろうが、アメリカだろうが、勝手に好きな所へ行ってくれ。 「それは楽しい経験をしま・・・・・」 ・・zzzz・・ZZZZ・・・ 「では次、タカシくん。タカシくん!」 急に担任が大声を出したのでオレは飛びあがった。 「ハ、ハイ」 立ち上がったけれども、オレはその場の空気が全く読めていなかった。寝ぼけまなこをこすりながらオレの口を付いて出たのは、オレ自身全く予期しない言葉だった。 「あの、オレ、じゃない僕・・夜パンツ汚しました。」 一瞬間を置いてから、 「ギャハハハハハ・・」 クラス中に大爆笑が起こった。 「お前、ネションベたれたのかヨー。」 「オシメ買ってやろうかぁー。」 「呆けたのか、お前」 教室中がヤジと嘲笑の渦に巻き込まれた。 「ベトベトのやつかよう、ギャハッ、ギャハッ・・」 一際大声な卑猥なヤジも混じった。その時、 「静かに、皆静かに。」 思いがけない担任の生真面目な口調が響き渡って教室は瞬時に静まりかえった。 「笑わずに、タカシくんの言ったことを真剣に考えてみよう。」 皆を見渡してから担任はゆっくりと言葉を継いだ。 「女の子達には去年、子供から大人になる時の体の変化に付いて大事な話をしましたね。だけど、同じような変化は実は男の子にもあるのです。ただ、男の場合は女子のようなはっきりした変化はありません。髭が濃くなったり、声が低くなったり、多少の目に付いた変化は起こりますが、大切なのは目に見えない変化です。」 「見えない所に生えて来るもんな。」誰かが混ぜ返す。 つられて何人かが笑ったけど、担任はニコリともせず硬い口調で、 「確かにその通り。でもどうしてそうなるのか分かるかな。それはね、体の中のホルモンに状態が変わって来るからです。」 担任はそれから体の成長の仕組みについて話し、時には、先っちょが剥け繰り返る、などと言って皆を笑わせながら、男になるとはどう言うことかとか、男の果たす役割や、大人の責任に付いて長い時間をかけて喋った。その途中で、 「だからタカシくんのような体験は決して不自然な事ではなく、寧ろタカシくんが健全に成長している証拠なのです。」 と言った。 今度は誰も笑わなかったが、オレは随分恥ずかしい思いをした。 そこまでは、まぁ良かったものの、次の日から誰もオレのことをタカシ、と呼ばなくなった。 「寝ションベンのタカシ」「ションたれタカシ」等と言いはじめ、やがて呼び易いように圧縮されて「たれタカシ」になり、更に縮められて「たれタカ」となって落ち着いた。以来卒業するまで、オレはズーッと「タレタカ」と呼ばれ続けるハメになった。呼ぶ方は何の気なしに呼ぶのだろうが、「おゝ、タレタカ」等と呼ばれると、オレには「おゝ、垂れたか?」と揶揄されたように聞こえた。 このままでは中学に進んでも、同じ小学の仲間が「垂れタカ」と呼ぶに違いなかろうし、そうなれば自然あだ名の由来も知れ渡るだろう。オレはその屈辱に耐えられなかった。だから大工町の伯母さんチに寄留させて貰って南中に通う事にしたのさ。 タカシの長〜い話はやっと終った。 母屋が急に慌しくなった。昼間の花見客が帰り、夜の部との交代時間がやってきたらしい。 「忙しそうだから、オレ、帰るよ。」 「じゃぁね。」 「アバヨ。」 タカシが帰ると、リツ子が言った。 「みどり、タカシのことどう思う?」 「スッごい!小学生であんな経験した子、居たんだ。」 「信じるの?」 「?」 「多分皆ウソだよ。最後の寝ぼけた話くらいは本当かもしれないけど、あとはみな作り話だよ、きっと。」 「どうして?」 「最初の立花神社の話、考えてごらん、二年生の時って言ってたけど、たった五年前のことじゃない。その頃の高校生、もしかしたら中学生かも知れない人が、いくら和服着たからと言ってノーパンでいると思う?和服用パンティーならこの町だって売ってるよ。それに晴れ着作るんだったら皆県庁の町まで行くでしょう。ヤマタケの別荘の事件だって怪しい物、普通の女の子だったら、汚れた服のまま泣いて帰っちゃうもの。六年の事だって、ミーティングのこと話しに行くのに普通は独りでは行かないわ。先生だっていつも言ってるじゃん、大事なことを伝える時には間違いのない様に複数でしなさいって。それに、仮に三年前にそんな目に会った子だったとしたら、約束破って覗くような信用できない奴の所にノコノコ一人で出かけると思う?だから、み〜んなウソ。本当らしいのは寝ぼけて夢精したんを喋ったことくらい。惚れてたマユミって子の夢でも見てたんだよ、きっと。」 言われてみればリツ子の言う通りかもしれない。私もタカシの話、聞きながら自慢話をするみたいな彼の表情に、何となく腑に落ちない感情を抱いていたのは確かだ。その内容は自分の恥や悪事を暴露する話だから、人に聞かれたら不名誉な事ばかりだ。男同士の馬鹿話なら兎も角、まかり間違っても女性、それも交際して欲しいと願う相手に喋ることでは無いはずだ。それなのにあの得意げな表情は、正しく自分の作り話に陶酔している人の顔付きだった。 「それで、これからどうするつもり?あの子と付き合うの?リツ子。」 「別に捨てなくてもいいじゃん。ホラ吹いてバレないと思ってる、あのヌケたところが役に立ちそうな気がするよ、男どもの情勢を探るにはね。だけどみどり、このことは黙っててね。ヤツに私のこと聞かれたら、私が好印象を持ってたみたいに思わせておいてね。」 |
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